学校の働き方改革 現職審議会
記者会見 17.12.12
【会見内容要約】
現職審議会の斉藤ひでみと申します。
本日は、会見にお集まり頂き、有り難うございます。
先月の会見以降、中教審の審議を、期待を持って見守ってきました。しかし、先日発表された中間まとめ案には、とても大きな欠陥があると感じました。この案が確定する前に、何とか行動を起こさないといけない。そう思い、急遽会見を行なわせて頂いた次第です。
まず、僕たち現職審議会の動きを、簡単に振り返りたいと思います。
最初は僕個人の話になりますが…僕は8月29日に中教審の審議を傍聴して以降、この動きをずっと追ってきました。ツイッター上で、この審議がどれほど大切か、この審議に注目が集まるよう、発信を続けてきました。というのも、この審議次第で、僕たちが長年苦しんで来た学校の働き方が大きく変わるかもしれない。今後50年の日本の教育を大きく左右する審議に思えたからです。
そのうち、教働コラムズという、教員の働き方を考えるサイトもこの問題を扱うようになりました。少しずつ、ツイッターを始めとしたネット上で、動きが大きくなって行ったように思います。
しかし僕の目からは、中教審の審議が、まだまだ十分には思えませんでした。というのも、議論が細かすぎる。登下校の見守り・給食費徴収・地域ボランティアとの調整・校内清掃など、学校の仕事を仕分けしようという、それが無駄だとは言いませんが、それであれば真っ先に部活動の仕分けをどうするのか。それについてもっと時間を取って議論してもらいたい。
学校の働き方を、限られた時間で話し合うとしたら、中学高校は部活動の問題をどうするのか、小学校は1限から6限までみっちり授業が詰め込まれている実態をどうするのか。最優先はここであろうと。さらに、もっともっと教員の長時間労働の根幹に関わるもの、改革の本丸は給特法です。
そういった思いを、僕は直接国に伝えないといけないと思い、9月に、思いを共有する全国の仲間と、現職審議会という任意団体を結成しました。そして先月、記者会見を行なったんです。
その後発表されたのが、この中間まとめ案だったのですが。中間まとめ案を表にしたのがこちらです。
細かい部分について、とやかく言うつもりはありません。良いと思います。それよりも、中高の教員にとって大事なのは、部活動のあり方です。
僕たちが訴えたいのは、学校は第一に授業を行なう所、ということです。どこの国でも、ごくごく当たり前の学校教育の姿です。もちろん、学校教育の枠内で部活もできるなら、それに越した事はありません。しかし、それは授業や授業準備等の本務をしっかり行なった上で、余裕があれば、行なうべきことです。教育課程外という位置づけは、それを表します。
これまで、僕たち教員は、悲鳴を上げながらも、なんとかだましだましやってきました。その裏で、心を壊して学校に出て来れなくなる者、過酷な勤務に耐えきれずに教職を去った者が沢山いたんです。部活があるから教員になるのを辞める、人材の喪失も沢山あったでしょう。
ただでさえそんな状況の中、これからは、もっと深い学びを求める新しい学習指導要領が3年後、4年後に始まるんです。はっきりと、このままでは破綻すると断言します。
決断するなら今です。
どうすれば良いのか。簡単です。
部活は、今すぐにでも、外部化に舵を切る。この方向を、具体的ロードマップとともに、はっきりと示してもらいたいんです。中教審の皆さんは、部活の位置づけをこう変えて欲しい(「部活は学校以外が担うべき仕事」)。
部活は、学校のグラウンドを使ってもいいですが、教員の職務からは勿論、学校の業務からも切り離し、地域主体で運営する。やりたい教員は、いち社会人として、17時以降の私生活の中でやったらよいのです。
今回のまとめが、すなわち国の決定になる訳ではないことはわかっています。だからこそ、中教審から文科省にこの案を提出し、それを、政治家の方なんかも含めて、議論してもらえたらよいのです。
部活以外についてです。部活動の位置づけの見直しで救われるのは主に中学高校の教員です。小学校の教員の悩みは、授業が1限から6限までみっちり詰め込まれており、トイレに行く余裕すらない状況であるということです。また、全ての教科を教えるということも、改めて考えて、無理です。それに加え、英語も教えろとなってくると、どうしようもありません。
小学校教員も教科担任制を進めるとともに、教員の数を大きく増やすしかないと思います。
そして、給特法についてです。
これについては、これまで中教審の場でほとんど議論されていません。意図的に避けて来たことは、明らかです。これについて、相原康伸委員が再三に渡って「給特法を議論しないといけない」という発言をしてきました。それに対して前回の審議では、ある委員から「給特法は必ずしも悪者ではない」という発言がありましたが、全くズレています。給特法体制の中で、半世紀に渡って、これだけ超過勤務が増大してしまった、それがまぎれもない事実だからです。
これについては、僕たちは抜本改正を訴えてきました。4パーセントのいわゆる固定残業代を増やしてくれというのではなく、つまりは、残業には正規の残業代を出す。そのことで、超勤に歯止をかける。この改正が必要です。
とはいえ、法律を変えるための議論となった場合、僕たち教員はもちろんのこと、僭越ながら今の委員さんだって、どういじれば良いのか分からないというのが本心ではないでしょうか。給特法の議論の為には、法律の専門家を多数招き、かなりの長時間、濃密な議論が必要だと思います。そうなった場合、今の中教審の中ではなく、改めてこれについて考える専門のワーキンググループを組織し直し、その場に議論を委ねるといったことが必要と思います。
以上、3点についてお話ししました。
まずは部活の位置づけをはっきりさせるということ。これ以上ゴニョゴニョとお茶を濁すような位置づけは必要ありません。部活は学校・教員の本来業務ではないと明確にする事。
また、小学校の教員を救う為には、定数増が必要不可欠な事。
そして、給特法の抜本改正を話し合う、専門のワーキンググープを組織する事。
これを、僕たち現職審議会は求めます。
今の案では、結局部活が教員の仕事から外される事は無く、今後50年間、さらに超過勤務は増え続けると断言します。
▼会見後、『学校における働き方改革特別部会』を傍聴しての所感 / 斉藤ひでみ (教員)
学校における働き方改革、中間まとめが12/12の審議を経て、確定となりました。当日の審議を目の当たりにし、感じた事を報告します。
○部活=学校の業務だとしたら、未来永劫地域の取組になることはない
まず、部活動が「学校の業務」と位置づけられたことについて。これは現状を追認しただけの記述だという意見もありますが、僕は確実に後退したと思っています。今回、「部活動は学校がやらなければならないこと」が確定しました。 「各学校が部活動を設置・運営することは法令上の義務とはされていない」という文言があるだろうと指摘が入ると思います。が、現在ほとんど全ての中高で部活動が存在している事を考えると、「本当はやらなくてもいいんだよ」はあまり意味を持ちません(各教員が顧問辞退をするための武器としては使えるかと思います)。
「学校の業務だが、必ずしも教師が担う必要のない業務」や「将来的には(中略)環境が整った
上で、部活動を学校単位の取組から地域単位の取組にし、学校以外が担うことも積極的に進めるべきである」を評価しようとする向きもありますが、管理職は「じゃあ、誰が担うんだ?部活動指導員なんてほとんど入っていないじゃないか。“今”は皆で力を合わせてやっていくしかないんだ」と押しつけて来るに決まっています。この“今”は半永久的に続くでしょう。
また部活=学校の業務の位置づけは、一般教員にとっても不幸な位置づけでありますが、管理職にとってもまた、不幸な位置づけです。一般教員と管理職の戦い、同僚同士の不毛な部活の押しつけ合いは、ずっと続く事になります。
じゃあ、どうすれば良かったでしょうか。簡単です。こう位置づけてくれたら良かったのです。
「部活動は学校の本来業務ではないが、現在は学校が担わざるを得ない状況にある」。この認識を示して欲しかった。ここまで踏み込んだ記述をし、かつあるべき姿に持って行く為のロードマップと財政的支援を打ち出さないと、将来的に部活動が地域の取組となることはまずないだろうと、僕は考えます。
加えて大切なのは、学習指導要領の改訂です。部活動が「学校教育の一環」となっている限り、やりたい教員は大義名分を得て、本務よりも力を入れてやり続けます。そうなると、学校部活動は無くなり様がありません。真に、教員が授業に集中できる環境を作り上げるのならば、指導要領のこの文言を削除することが肝要であり、ある意味、そこが改革のスタートです。
このまとめは、矛盾含みの現在の働き方を追認したのみであって、未来に向けての具体的展望が全く開けません。これは現状維持、もしくは後退と言えます。
○相原委員の主張「部活動は教員の本来業務ではない」はどうなったか
前回、相原委員が主張していた文言はどうなったでしょうか。これは、顧問の選択権に直結する、とても大切な提案でした。
◆相原康伸委員の意見
「前回私は、『部活動の指導が教員の本来業務じゃないことを明確にする』という点を書き込むべきではないかと申し上げました。(今回のまとめは)同意の趣旨とも取れますが、ややニュアンスが違っているようにも思いますので、『教員の本来業務でないことを明確にしない理由』がもしあれば、そこをお知らせ頂きたいと思います」
◆事務局(文科省)の回答
「部活動の位置づけとしまして、現行の学習指導要領では、部活動においては(中略)教育課程外ではあるが、学校教育の一環として教育課程との関連が図られるように留意すること、という記述がございます。今回、各学校が部活動を設置・運営する事は法令上の義務とはされていない。ですから、任意でバスケットボール部とか野球部とか、そういった何部を設置するという事は各学校の判断である。また、中心的な業務、例えば授業であるとか、生徒指導であるとか、そういったことではないということは記載の通りでありますが。学習指導要領の記載にありました通り、学校の判断で学校が設置した、という場合には、やはりこれは学校の業務と言わざるを得ないだろうということで考えてる所でございまして。ただし部活動は必ずしも、教師が担う必要はない。例えば部活動指導員というのも、その代替の可能性については恐らく、えー、拡大して行くんだろうという風に考えておりますが、重ねて申しますと、学校の業務であるということは、学習指導要領上も、現状では、そう言わざるを得ないのではないか。例えば部活動手当というものが出ておりますが、まさに学校の業務ということで手当が出ている。あと例えば事件・事故が起きた場合、公務災害の対象になるという可能性がある。こういった事からもそう整理、現状では、しているところでございます。」
◆相原康伸委員の反論
「気をつけなきゃいけないのは、全体の論調として『教員がやらなくてもよいもの』という記載がありませんから、逆に言うと、現状の中の給特法の中でやって欲しいと。もしくは、それであるべきだと。現状の働き方を追認するという論調になっちゃいかんという風に思っておりまして、ここは厳に、十分に注意して進めるべきだと思っております」
僕は、今回のまとめの真意も、中教審の性格も、このやりとりに全て現れていると感じています。とりわけ文科省からの回答(態度)は、中間まとめの文面以上に注目すべきものだと考えています。
繰り返し、僕の主張を述べます。
仮に現在、部活動は学校がやらざるを得ない、教員が担わざるを得ないような現状があったとしても、本来的には学校の業務ではない、本来的には教師の業務ではないという表記をし、早急に対策を始めることが必要です。
○僕が真に絶望したのは
しかし、今回僕が絶望したのは、実は中間まとめの内容ではありません。なんだかんだ言って、前回案よりも大幅に良くなったとは感じています。それは、ネット上の声や、何人かの委員さんが必死に頑張ってくれた結果であろうと考えています。特にとても意味ある文言修正を成し遂げて下さった、相原委員と妹尾委員には感謝が尽きません。
一方、僕が真に絶望したのは、次の2点です。
①現在の法制度や学習指導要領ありきの議論に終始している
今の議論は、全て現状の法制度や学習指導要領を前提にしています。これだと、どうしても結論ありきになってしまいます。中教審の性格上仕方ないと言う人が出て来るでしょうが、今の緊急事態においては、そもそも法律や指導要領の文言が実態と合っていないのではないか、というくらい柔軟に議論してもらわなければ困るのです。
給特法という法律、指導要領における部活動の位置づけ、これがそもそも間違っているのです。
②委員の意見が通らない。決定権を握っているのは事務局(文科省)
最も絶望的だったのは、結局委員さんがどれくらい僕らの思いを代弁する発言をしてくれても、事務局次第で採用も不採用も決められてしまう。文言の大切な部分が骨抜きにされるということです。ある程度そういうものだとは理解していましたが、目の前で、こうも都合良く書き換えられる場面を見せられると、途方に暮れてしまいました。
原案を事務局(文科省)が作って来て、委員さんが「こう変えて欲しい」と“お願い”してるのに、「そこはこういった理由から変えられません」では…。いくら僕たちが訴えようと、結局既定路線は変えられないと思ってしまいます。
○今回のまとめで評価してるところ
一方今回のまとめで評価している所は…。細かく言えばいくつかあるのですが、あまり誰も触れていない所を一点上げるとすれば、それは「教員の本務は授業」としている点です。これまでも当然そうした認識であったとは思いますが、改めて中間まとめで繰り返し明記してもらえたこと、これは本当に良かったと思っています。
○これからのこと。皆が満足し沈黙しても、僕だけは黙らない
中間まとめは、僕にとって大きな挫折でした。他の皆がある程度満足していても、僕は全く満足していません。
しかし、これはあくまで中間まとめです。最終まとめに向けて、どれだけこの認識を改めてもらえるかが大切だと考えます。
また、これから給特法についての議論も始まるということです。これからの議論において、法律の専門家を多数招き、ぜひ矛盾を洗い出してもらいたいと思っています。給特法に限らずですが、教育畑以外の“外からの視点”を入れると、今の議論がチャンチャラおかしいことが指摘されると思います。そして、給特法を議論する中で、部活動の位置づけも変わらざるを得ないでしょう。
他方で、文科省の方の気持ちも分からないではありません。恐らく、文科省の方も、諸々の矛盾を変えたいと思っているのではないかと信じます。しかし、いかんせん予算がない。だから部活動の位置づけと給特法だけは、僕らの訴えるような形に変えられないのです。それを考えると、訴える先は実は財務省かもしれません。
僕は今回、挫折をしました。しかし、何事も挫折を味わってからが本当の戦いです。僕は知っています。すでに随分前に挫折を味わいながら、それでも諦めずに戦っている人が沢山いる事を。その人たちの合い言葉は、「戦いはこれからだ」です。僕もこれから数ヶ月、今までと少し違った方法も含めて、戦いを続けたいと思います。
最後に一筋の希望を。今回の傍聴者は160人。前回まで100人前後で推移してきましたが、ここにきて大幅に傍聴者が増えました。マスコミの方も、僕ら外野の声を沢山拾ってくれるようになりました。
僕は諦めません。最後まで勝利を信じて戦います。
皆さん、どうか関心を持ち続けて下さい。
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